2008.05.19

セルティックFCの歩み(1970年代編)

セルティックは長い歴史と
伝統を誇っている

欧州で屈指の名門クラブのひとつです。

では、簡単ですが、
そんなセルティックの
1970年代について

その略歴をたどってみましょう。

1970年:
ヨーロピアン杯決勝に
再び駒を進めたが、
ミラノでのこの試合は
延長の末にフェイエノールトに
敗れてしまいます。

リーズとの準決勝においては、
2戦とも勝利を収めました。

ハンプデンパークでの
2試合目は、なんと133,961人
もの欧州クラブ最多動員数を

記録することになりました。

1972年:
ヨーロピアン杯準決勝に
3回目の進出を果たしながら

パークヘッドでの
対インテル戦にて、PK戦の末、
敗退する。

1974年:
9季連続リーグチャンピオンシップ
優勝を果たします。

当時これは、国内のタイトルでの
世界記録タイでした。

チームはヨーロピアン杯準決勝へ
4回目の進出をしましたが、

アトレチコ・マドリーに
2試合トータル0−2で敗れて
しまいました。

1978年:
67年のキャプテンだった

ビリー・マクニールが
ジョック・ステインに代わり
新監督に就任。

ステインが率いた12年間で

(ただし75〜76シーズンの
事故による負傷の療養期間は除く)

クラブは主要大会で
25回もの優勝を重ねるという
成功を収めました。

1979年:
マクニールは、監督就任
初年度で早くもクラブを

チャンピオンへと導く
ことになったのです。

またセルティックパークでの
クラブ最終戦では、

ライバル・レンジャーズを下す
という、劇的な形でのタイトル
獲得となったのです。

この頃のセルティックというのは、
まさに「セルティックの時代」
といっても過言ではない

ほどの成績をあげていました。


☆☆ここまで☆☆
----------

--記事--
タイトル:セルティックFCの歩み(1950〜60年代編)
キーワード:セルティック,コロネーション杯,スコットランド,ヨーロピアンカップウィナーズ杯,トロフィー

ヨーロッパでも屈指の名門クラブのひとつ
セルティック。100年以上の長い歴史と
伝統を誇っています。

そのセルティックの歴史を簡単に振り返ります。

まずは、1950〜60年代について:

1953年:コロネーション杯優勝。
決勝の対戦相手は、ハイバーニアン。

同大会は、スコットランドとイングランドの
ベストクラブを招待して行われ、決勝戦には
11万7千人にもの観客が集まったそうです。

まったく、べらぼうな観客数です。

1956年:パトリック・シスルを破り、
ついに念願のリーグ杯初制覇を遂げました。

1957年:7-1でレンジャーズに圧勝し、リーグ杯優勝
タイトルを守ります。

1964年:ヨーロピアンカップウィナーズ杯で、
準決勝まで勝ち上がりましたが、MTKブダペストに
2試合の合計スコア3−4で破れ、敗退。

これがヨーロッパ大会2度目の参戦でした。

1965年3月;ジミー・マクグローリーの
後を継いだジョック・ステインが新監督に就任。

スコティッシュ杯決勝で勝利して、にクラブを
11年ぶりの優勝へと導いたのです。

この決勝では、ビリー・マクニールの
ヘディングシュートが劇的な決勝点となり、
3-2のスコアでダンファームリンを破りました。

1966年:12年ぶりのチャンピオンシップ獲得。

カップ・ウィナーズ杯でも、また準決勝まで
勝ち上がりましたが、リバプールに、2試合の合計
スコア1−2で破れています。

1967年:出場した5大会すべてで全て優勝。
クラブ史上最高の栄光あるシーズンでした。

このシーズンのクライマックス・シーンは、
ヨーロピアン杯決勝です。

5月25日にエスタディオ・ナシオナル(リスボン)
で行われた決勝戦で、インテル・ミランを破ったのです。

セルティックこそ、イギリスで最初に、
ヨーロッパ中で最も羨望の的だったトロフィーを、
ラテンチーム以外で、手に入れたチームです。
posted by novae at 11:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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